平成27年4月「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正にする法律」において、
すべての地方公共団体は「総合教育会議」を設置し、教育に関する「大綱」を「首長が策定」するよう定められました。
大綱は、教育の目標や施策の根本的な方針を示すものです。
※令和2年度の「刈谷市総合教育会議」については以下をご覧ください。
https://www.city.kariya.lg.jp/kurashi/kyouiku/sougoukyouiku/kikaku20200622.html
本市においても、平成28年3月に教育大綱を定めています。
「刈谷市教育大綱」
https://www.city.kariya.lg.jp/kurashi/kyouiku/sougoukyouiku/kyoikutaiko.files/kyoikutaiko.pdf
今年度は、大綱の対象期間となる最後の5年目であり、現在、来年度スタートの次期「第2次刈谷市教育大綱」策定に向け、最終のまとめの段階に来ています。
「第2次刈谷市教育大綱案」
https://www.city.kariya.lg.jp/kurashi/kyouiku/sougoukyouiku/kikaku20210114.files/dainijitaikouan.pdf
私はこれまでの教育大綱の「育てたい子ども像」である「自己肯定感と自己有用感に支えられ、確かな学力と体力を身に付けた、当たり前のことが当たり前にできる子ども」
について違和感を持ってきました。
前半は良いのですが、後半の「当たり前のことが当たり前にできる子ども」については、「当たり前って何?」と、誰の基準や定義で図るの?その枠から外れた子どもは?その枠に外れないように忖度する子どもを育ててしまうのでは?と、教師や大人たち目線の子ども像なのでは?と、
昨年度の12月議会の一般質問では、次回の改訂時には子ども像の見直しを求めました。
第2次刈谷市教育大綱案の「育てたい子ども像」については、
「共に生き、未来を創造する子ども」です。
教育の主体は子どもであること、人との関わりの中での成長する子どもたちの姿がイメージでき、高く評価しています。
また、城内のマニフェストに「生きづらさを抱えている人たちへの理解と支援」があり、
生きづらさを抱えている人の中には、セクシュアルマイノリティの人たちがいます。
当事者がありのままの性で生きられるまちにしたいという願いを持って、これまで市にはLGBT施策に取り組むよう求めて来ましたので、教育大綱案の資料のところに「性についても、その多様性が認知されるようになり、社会生活や学校生活においても配慮することが求められています」との記載を読んだ時には、大変うれしかったです。
今年度は、子ども相談センターの相談員や教員へのLGBT研修の実施が進み、今後も定期的な研修の実施や具体的な取り組みが進むよう、性の多様性への理解と支援が根付くことを期待しています。
育てたい子ども像については評価しつつ、その具現化のためには、もう一歩進めていただきたい事項について、本日、「第2次刈谷市教育大綱(案)への指摘と提言」を、企画政策課と教育総務課と学校教育課に提出しました。
お恥ずかしいことに、提出後に、漢字の表記ミスを見つけました。何度もチェックしたのに、しかもなぜ重要な文言の誤字を見落としたのか、もう自分に腹が立っていますが、後の祭りです。そのまま掲載します。
誤)未来を想像する子ども❌ → 正)未来を創造する子ども⭕️